そもそも、何を問う?

「なんで牛乳をこぼしたの?!」

子どもが牛乳をこぼしたとき、大人は悲鳴とともに、こう声をあげるかもしれません。

この問いに、もし子どもが、

「えっとね、肘が45度に傾いてコップの端に当たって、その次にコップが床ではねて転がったんだよ」

と答えたら。

たしかに、それが牛乳をこぼした原因かもしれません。でも、大人が本当に聞きたかったのは、そういうことではないはず……。

以前、『問いのデザイン』の著者の一人である塩瀬隆之先生から伺ったこのエピソードが、ずっと心に残っています。

同じ「なんで?」という言葉でも、何を知りたくて尋ねているのかによって、意味が変わってしまう。

問いの言葉と、問いの意図は、必ずしも一致しないのです。



仕事でも、似たようなことがよくあります。

「社員の主体性を高めるには?」

「もっと部門間で連携してもらうには?」

「管理職の意識を変えるには?」

そんな相談をいただいたときこそ、すぐに研修やワークショップの手法を考える前に、少し立ち止まってみたいと思います。

話を聞いてみると、そもそも何に困っているのか、何が起きたらよくなったと言えるのか、まだはっきりしていないことも少なくありません。

相談する人自身も、本当の問いがわからない。

むしろ、そこを一緒に探すことが、いちばん難しくて、おもしろい。仕事の醍醐味でもあります。

そして、問いを探すための「聞き方」にも、試行錯誤があります。

何があったのか。

いつ、どんな場面でそう感じたのか。

そのとき、誰が何をしていたのか。

「それはなぜ?」と直接原因を尋ねる代わりに、具体的な事実や出来事を聞いてみる。

これは、メタファシリテーションという対話の方法からも学んだことです。

聞き方を少し変えるだけで、見えてくるものが変わることがあります。

そして、話しているうちに、最初に持ち込まれた問いそのものが変わっていくことも。

「どうすれば社員の主体性が高まるか?」と思っていたのに、実は「社員が自分で決められる場面は、どのくらいあるのか?」という問いのほうが大切だったりする。

もちろん、最初からうまく問いを立てられるわけではありません。

聞いて、考えて、少し違う聞き方をしてみる。その繰り返し。

答えを出す前に、そもそも何を問うのか。

仕事の中で、何度も立ち返っていることの一つです。

そして、「わかる」と「できる」の間には、深い河があります。

人の相談には問いを立てられても、自分のこと、自分の組織のこととなると、案外難しい。

かくいう私も、今日もこぼれた牛乳を前に、悲鳴をあげそうになっています。

それでも、誰かの相談を聞くときには、すぐに答えを出そうとするのではなく、一緒に問いを探すところから始めたい。

そんなことを、日々思っています。

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